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「何でこんなことに……」 かんだばかりの鼻を少し擦りつつぼんやりと呟いた。 窓からは柔らかい日差しが差し込んでいて、熱があるのに寒い気がする身体をほんのりと温めてくれる。 ふう、と息を吐きだして枕の傍においてあった携帯を掴んだ。 15時半。あと30分で文化祭が終わって、後夜祭が始まる。 元就お兄ちゃんと竹中先輩の勝負も決着がつく。 そういえば竹中先輩と最近メールしかしてない。そう気付いたのは文化祭の準備中、ペンキがたっぷりついた刷毛を握りしめて、周りの声援を受けながら看板を作っていた時だ。 元就お兄ちゃんと竹中先輩が、妙な賭けというか勝負をする文化祭。 それが日に日に近くなって、校内はどこかふわふわしていた。 先生も生徒も落ち着きがなくて、文化祭の準備に費やす時間がとても多くなって、クラスメイトと充実した時間を過ごしながら、私は一人ふわふわすることもできなくて。やきもきというか、ドキドキというか、とにかく落ち着かなかった。 クラスでの準備が増えれば増える程、竹中先輩との時間は減り、元就お兄ちゃんとも家はとても近いというのにゆっくり話もできていない。 元就お兄ちゃんとは、ハロウィーンが終わるまでにはいつもの甘味屋さんに行く約束がある。 かぼちゃを練りこんだ白玉がたっぷりと、甘さ控えめのあんこが乗って。 かぼちゃのアイスがぽってり落とされた、期間限定のかぼちゃあんみつをチェックしにいくのだ。 元就お兄ちゃんと甘味屋さんにいくのは、文化祭のあとになることだけは確実で。 もしも文化祭で、あまり考えたくはないのだけれど元就お兄ちゃんが勝って、竹中先輩が負けて。 そして私と竹中先輩が別れる、ということになったとして。 その時、私は原因ということになるであろう元就お兄ちゃんと一緒に、甘味を和やかに食すことができるのだろうかと、少し不安になる。 いくら恒例行事とはいえ、自分の好きな人と大げさかもしれないけれど、引きさいた人を。大事な兄を、恨まずにいられるだろうか。 考えると、とても不安だった。 竹中先輩と別れるのは勿論嫌なのだ。 けれどたぶん、私はそれと同じぐらいには、元就お兄ちゃんのことも大切で。 贅沢で強欲かもしれないけれど、どちらかと仲良しで、どちらかとさよならはしたくはなかった。 竹中先輩と別れても、きっと元就お兄ちゃんは今まで通りだろう。 けれど竹中先輩とは、今まで通りでいることなんてできやしない。 竹中先輩と付き合うことができたとして、あの元就お兄ちゃんが自分から賭けを振って、負けたのにそのまま、今までのように私と関わるのかというと、それは元就お兄ちゃんのプライドが許さないのではないかと思った。 どっちに転んでも、私はあんまり嬉しくないような、ううん。 竹中先輩と元就お兄ちゃんが仲良しになってくれたらいいのに。 いやまあそれは、難しいことだろうけれど。 ううん。 そんなことをここ数日、時間があれば準備中だろうと就寝前だろうとぐるぐると考えている。 おかげで寝不足から始まり、少し涼しくなってきたせいか軽くだけれど、体調を崩していた。 熱はないし、ただちょっとだけ。 いつでもポケットにティッシュがないと不安になる程度に鼻水が出て、マスクをしていないと友人たちが数歩距離をとってしまうような咳をしてしまうぐらいだ。 大丈夫、すぐ治る。問題なく文化祭も、勝負の行方も見届けられるはずだ。 大丈夫だと安心していたというのに、前夜祭を楽しんだ夜に異変は起こった。 その日は、もしかしたら最後になるかもしれないよ、なんて冗談を言いながら竹中先輩が一緒に帰ろうと言ってくれて。 そっと手を繋いで帰ってきて、明日が楽しみだね、とふんわり私の頭を撫でてくれた。 私が何か言いたくて、けれど上手に何も言えずにいると、先輩は笑ったのだ。 「風邪が悪化するといけない。早く家にお入り」 「先輩」 「うん」 「……竹中先輩」 「何だい」 「……ま、また明日!」 「ああ、また明日、ね」 そうして私がドアを閉めるまで、先輩は微笑んで手を振っていてくれた。 私はそれをドアが閉まるまで見詰めていて、ドアが閉まるとそれに背中をあづけて、きゅっと胸の前で両手を組んだ。 もしも明後日にはもう、手を繋ぐことができなくなってしまったら、どうしよう。 そんなことをまたぐるぐると考えながら、いざ文化祭当日の朝を迎えてみれば私は見事に風邪を悪化させていた。 ベッドから起き上がって立ち上がると、1分もしないうちに何故だかふらりと、またベッドに戻っていて驚いた。 はっとして何度かそれを繰り返しているうち、今度はベッドにではなく、床に、盛大な音を立てて倒れた。 音を聞きつけた母が駆け付け、何やってるの、とおでこをぐりぐりと触れられて熱があるじゃない! と高く叫ぶと、今度は父が駆け付けてベッドに放り込まれた。 文化祭があるから行きたいのだと抵抗してみても、父は優しく来年もあるのだからと諭してきて、母は鋭くもしも強い感染症だったら周りに迷惑をかけるよ、と私を叱った。 周りのことを考えなさいとか、文化祭のあとのことを考えなさいとか。 そんなことを言われてしまうと、文化祭に行きたいなどと駄々をこね続けることができなかった。 沢山準備していたのに、参加できないなんて悔しいな。 勝負は。元就お兄ちゃんと竹中先輩の勝負は、どうなってしまうんだろう。 携帯を眺めてみても、友人から写真が送られてくるぐらいで、勝負中の二人からは何の連絡もない。 二人とも勝負事には手を抜かなそうだもんね、と友人から送られてきた元就お兄ちゃんの執事姿を見つめた。 写真でみればとても似合っているけれど、一体どんな接客をしているのだろうか。貴様は我が駒だ。駒の分際で我に命ずるなど、とか。そんなことを言っていないだろうか。 少し想像してありそうでやだなぁ、そうしたら竹中先輩の圧勝じゃなかろうか、と一人で笑って。 ふわふわとそんなことを考えながら、眠気に逆らうことができずにまた目を閉じた。 やわやわとおでこを行き来する感覚に、目が覚めた。 母も父もこんなに柔らかく撫でる人たちではないから、もしかしたら元就お兄ちゃんだろうか。 小さい頃に風邪をひくと、学校のプリントや宿題を持ってきてはよく、寝ている私を撫でてくれていた。 そうっと目を開けると、そこには手のひらと同じぐらいに優しげな笑みを浮かべた竹中先輩がいた。 きゅっと息が詰まったような気がして、さっきまで重たくて仕方がなかった瞼は急に軽くなって、目をいっぱいに開いて先輩を見つめた。 「起こしてしまったね」 「竹中せんぱ、い」 「おはよう、さん」 「おはようございます」 そっとおでこを覆う先輩の手の平を感じながら、私は鼻の上まで布団を引っ張り上げた。 今の自分の格好は、寝ていたのだから当たり前だけれど、竹中先輩の前に胸を張って出られるようなそんな格好ではないからだ。 竹中先輩とお付き合いを始めても、付き合う前と変わらずに、自分とは違って竹中先輩は大人っぽいとそう思っている。 だから、そんな先輩の前ではできるだけ相応しいように、背伸びをしていたかった。 「そんなに隠さなくとも、とって食べたりしないよ」 「竹中先輩はまた、そういう……」 「前科があるから、信じてもらえないかな」 先輩は少しだけ悲しそうに眉を下げていて、私は布団の下からそういうわけではないですけど、ともごもごと反論してみせた。 まさか正直に、部屋着を見られるのが恥ずかしくて、なんてそんなことを言いたいわけではない。 だから代わりに、どうして部屋に? と問えば、竹中先輩はああ、と一つ頷いて少しだけ開かれたドアを見ていった。 「お母さんが、部屋に入れてくれたんだ」 「お母さんが……」 「どうしたんだい、複雑そうな顔で」 「にやにやする母を簡単に想像できてしまったもので」 「さんがうちにきたら、うちの母も同じような顔するだろうね」 楽しそうに笑っていう竹中先輩を見上げて、布団の下ではっと息を飲んだ。 それはこれから、の話だ。 そういう話が出てきたのなら、今日の勝負は竹中先輩が勝ったのだろう。 だって竹中先輩は負けたら私と別れると、元就お兄ちゃんと約束をしていたのだから。 「……勝負、勝ったんですね」 なんとなく、ほっとしたような、少しだけ寂しいような、そんな気持ちで少し笑って呟いた。 すると先輩はふっと笑って、 「負けたんだ」 と、困ったように笑って、そうして私のおでこをもう一度撫でた。 先輩の柔らかい髪が、部屋の白熱灯の白い光を吸いこんでちかちか光っているように見えて、私の目の前でもちかちかと光が散った。 「負け、た?」 「そう。負けてしまったんだ」 元就くんはよほどさんのことが大切で、よほど僕のことを信用してくれていないみたいだ。 僕と話した時は駒だなんだと言っていたけれど、様子を見に行ったら立派に接客していたよ。 本当に、僕がびっくりしてしまうぐらいに、ちゃんとおもてなしをしていて驚いたよ。 竹中先輩は、そう、微笑みながら言った。 私の頬を指の腹で少しだけ力を入れて撫でながら。 「元就くんから、に別れを告げてこい、って言われてね」 「お別れ」 「そう、お別れ」 「もしかして、元就お兄ちゃんも家に着てるんですか」 布団にかけていた指先に力が籠った。 温かかったはずなのに、また突然熱が上がってきたのかと思うぐらいに指先から、足先からぞくぞくと寒気が広がってきた。 それなのに顔だけは何故か熱を持っていて、頬に触れている竹中先輩の指はとても冷たく感じた。 「お母さんがいれてくれた、っていうのは嘘はないよ。ただ、そうだね。正しく言いなおすなら、元就くんがお母さんにお見舞いにきたと言ってくれて、とても嫌そうに僕のことを委員会が一緒のただの先輩として紹介してくれて。その元就くんは下でお母さんとお話をしていて。僕がさんにさよならをするのを待ってるよ」 少し小さく震えているような気がする指を伸ばして、頬を撫でている竹中先輩に触れた。 指先が触れると私もそうしたけれど、竹中先輩も同じようにすぐにぎゅっと指先が強く絡まった。 竹中先輩の指先は、いつかの放課後のように冷たくて。 私の指先よりもずっと冷たくて。ああ、これは冗談で言っているわけではないのだと、確信した。 「竹中先輩」 「うん」 「私は先輩と、別れ 」 指先はたぶん、もうどちらも同じぐらいに冷たくて。 私の言葉を聞いても先輩は変わらずに、柔らかに笑って、私の頬をもう片方の手でやんわりと撫でて。 私がぎゅっと指先に力を込めれば答えるように、ゆっくりと頷いた。 ***** やられたら倍返し! ってことで次は旦那がさくっと華麗にしめちゃうぞ☆ |
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