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黙れさもなくば死ね。 最近の私に対する三成の得意技はそう言い放つことで、お花を持っていってもごはんを食べに誘っても今日あった楽しいことを報告しても大抵その一言で切り捨てられる。なんてつまらない人生! 三成は戦場で人を斬ったときにできる刃こぼれほども私のことを気にかけていないのだ。三成の前髪をこの両手で持ち上げることが一日で一番大事な用事である私はたいへん気に喰わない。だから何が何でも三成を振り向かせてあわよくば笑わせたりしたいのだけれど私が見られる表情なんて虫けらを見下ろすような零下の視線だけなのだ。せめて歯ぐきが見えるくらい唇剥いてくれたら可愛いんだけどなあ! 「三成! 今日私すごい夢見たよ、心やさしい百八匹のゴリラが西洋の楽隊を組んでファンファーレを奏でていたよ!」 「黙れ」 「ファンファーレってこの前奥州の独眼竜に教えてもらっておぼえたんだけど、なんかすごかったよ金色の円盤を両側から打ち鳴らしてジャーン!って!見たことないくらい大きい太鼓叩きながらゴリラが慈愛に満ちた目でウホウホ言い続けてそこはさながらパーリィ会場!!」 「さもなくば死ね」 「でねでねっ、紙吹雪とか超舞っちゃってる中に赤いじゅうたんがバッと敷かれて楽器弾いてないゴリラがうおー!!ってドンドン胸たたきながら雄たけびあげて、何だろうーって見てたらそこをひでよ、むぐっ」 秀吉様が颯爽と歩いてきて超かっこよかったんだよー!! と言う前に舌に乾いた布が押し付けられて私の顔の後ろまでぐるぐる巻かれたかと思うと三成は容赦ない片結びで猿轡を作ってしまった。なんてひどい! 私はウーウー唸って三成に抗議したけれど案の定虫けらを見下ろす目線をちらりと向けて、私の手首を柱に縛り付けてどこかへ行ってしまった。軍の中ではとにかく細く見えてしまう黒い背中が遠ざかる。 ザ・柱女!! と心の中で煽り文句をつけて楽しもうとしたけれど全然愉快じゃなかった。柱に縛り付けられた女略して柱女のつもりだったのだが発想も悪かった。そもそも出す話題が悪かったのだ。いくら私がすごい夢を見たからといって秀吉様関連の話題を出すことは今の三成にとってとてつもない禁忌なのだ。分かっていて何故やったのかと問われればこの話題を分かってくれる同士が三成しかいなかったからだ。 前はもっと乗ってくれたんだけどなあ。というわけで過去を懐かしむ気持ちになった私は脳内三成と会話を試みて楽しかったあの頃ならどういう受け答えが望めたのかをシミュレートしてみた(奥州の独眼竜に教えてもらった横文字はとても便利だ!!)。 「三成! 今日私すごい夢みたよ、秀吉様が百八匹の心やさしいゴリラに守られながら赤じゅうたんの上を歩いてた!!」 「貴様の夢に秀吉様が出るなど……許さない!!」 「えっ三成私の話きいてよ! それから秀吉様が拳を振り上げて日ノ本の王は我ぞーっ!!て言いながら覇気で炎出しまくってゴリラみんな吹っ飛んでた!!」 「優美なる赤絨毯までは許可する、が、炎は許さない。秀吉様の拳には煌煌たる光こそが相応しい……日ノ本を統べる光輝なのだから」 「三成ぜんっぜん私と会話する気ないねー!」 優しさどころか会話のキャッチボールすら望めない状態になってしまった。だめだ脳内三成……早くなんとかしないと……。このままでは「秀吉様は新世界の神となる」とか言い出しそうな気がしたから急いで本物の記憶を探ることにした。秀吉様がいて、半兵衛様がいて、三成と、私。まずその基本を思い浮かべようとしたところで頭が可哀想なことになっているのに気がついた。もともと私の頭は半兵衛様に「君は実に哀れだ」と遠い目をされるような代物だったのだけど、その半兵衛様の声すら遠くにのぼる煙くらいの儚さでしか思い出せないのだ。大好きな秀吉様も面白い半兵衛様も、思い浮かべようとしても背中しか浮かんでこないのだ。 厚くて高くてどこにいても見つけられた秀吉様の頼もしい背中と。 ちゃんと鍛えられていて肩甲骨が立派な半兵衛様の綺麗な背中と。 そのふたつが並んでだんだん遠ざかっていく。私は頭の中の映像を追いたくて必死で目を瞑って呼ぶのだけれどただの記憶ですら待ってはくれない。ここで現実の私が待ってと口に出したところで猿轡のせいで奇妙な唸りにしかならないのは分かりきっているし、そんなの何にも意味がないのだ。 「……うぐぅ」 実は夢に出てきた秀吉様も立派な背中しか私に見せてくれなかったのだが、それにしても頭よ、せめて思い出だけでもあの人たちに会わせてはくれないものか。元気で楽しくて頼もしくてこの方たちについていけばきっと大丈夫なんだと思わせてくれるようなあの頃の豊臣に。 頭上で鴉が鳴いた。そろそろお家に帰る時間なのだ。 橙色の夕暮が空を染め上げてゆるやかに雲が色を変えて流れていく。とても綺麗。 (三成はやく迎えに来てくれないかなあ) これだけは私の記憶違いでも思い違いでもないのだが以前の三成はこうして私を縛り付けたり放置したり男衆の中に一人で置いて去ってしまった後でも必ず迎えに来てくれた。大抵私が前髪を持ち上げて三成がそれを払って、持ち上げて払ってを繰り返しての結果置き去りにされていたのだが、三成は私を放置している間秀吉様のために御用をこなしていることが多かった。文書を届けたり軍の采配を手伝ったり他国と交渉したり、そういうこと。 でも今、豊臣軍という名前そのものがなくなって三成は石田軍の総大将として名実ともに西の頂点に立ったり立たなかったり。心の中では秀吉様こそが一番という立場を崩さずに日々呪いの言葉を溜め込んでいるわけで、つまり私を放置している間に仕えるお人はもういないのだ。 遠くの石段をおりて三成がこっちに近づいてくるのが見えた。顔はまだ見えないけれど鋭い銀色の前髪が降りていてあんな人三成しか有り得ない。黒くて細くて、ひとりなのだ。 ひとりで三成が何をしているのか私は知らない。 軍備を整えているのか他国に攻め入る準備をしているのか、はたまた家康を想って花びらを千切りながら「圧死、溺死、焼死、餓死、……斬首!フハハハハ!」みたいな面白いことになっているのか全然わからない。三成が歩み寄ってくれない限りどんな想像も私の心を動かさない。だってどんな憶測も意味がない。 「。折檻の味に反省したか」 コツ。 神経質な靴音が私の前でとまって三成が向き合って立った。長い影がうしろに細くのびている。私の影が三成の方にのびているせいでやっぱり顔はよく見えなかった。 「んー」 別に、そんなひどくもなかったよ? という意味を一言の唸りに変えて笑ってみせたら三成は何も表情を動かさずに私をしめつけていた猿轡を解いた。長い指が首の後ろに回って片結びを強くほどく。 「愚かしい。猿轡を飲み込んで死んでいれば良かったのだ」 「三成はアレだよね、たまに心にもないこと言うよね」 本当は唾を飲み込むかわりに布を飲み込みかけて何度か苦しい目に遭ったのだがそんなこと絶対言ってやらない。三成だって気付いてる。でも迎えに来てくれた。 「今日はくるの遅かったねえ」 おかげで日課が果たされないところだった。三成の前髪を両手で持ち上げる。柱に縛られていたせいで手首に荒縄の赤い痕ができていて痛かった。 色の濃い目と目が合った。三成の目。 「今夜は三成の夢がみたいよ」 白くて細い顔をみつめながら言ったのだけれど三成は何も返さなかった。そのかわり私の手、ちょうど血が滲みかけている赤いところを素早く払った。すごく痛い! おかげで顔を隠す前髪がぜんぶ元通りになってしまった。 「黙れさもなくば死「なないよ」 むりやり遮ったら案の定不愉快に目を細めてじっとりと私を見てきた。ああ三成って本当に嘘がつけないね! そんな三成と手を繋ぎたくて走り寄って手をのばしたけれど呆気なく払われてしまった。じゃあ腕を組もうと思って飛びついたら避けられてしまった。それなら隣を歩くだけでいいやと思って小走りに駆け寄った。そうしたら三成はいつもの速さで歩き出したからこれが正解だった。 死なないよ三成。私はまだいなくならない。 大事にしていたあの人たちの面影が感じられなくなるほど遠くに来ても、一緒にいる私も三成の暗黒面に引きずられそうになっても、せめて隣で笑っていれば何か変わると思うのだ。 豊臣は、もうない。 でも三成はここにいる。私はせめて、そのことを忘れないようにしようと、誓う。 フライング三成で失礼しました! 画面映像とボイスしか出ていない現時点では秀吉と半兵衛が死んだのかどうかすら分かっていませんし、口調も性格も憶測です。でも融通の利かない変な子な彼が好き!ということで期待と愛情は存分に詰まっております。読んでくださってありがとうございました。 はねた(2009.09.07) |