よく晴れた日も、雨がざあざあ降り注ぐ日も、強い風が吹きつける日も、不思議な雪の日も。 同じ時間になると、この城の庭で一番高い木の葉っぱが禿げて枝だけになった天辺にその人はいた。

私はそれをそっと庭から見上げるのだ。 私は普通の女中で、あの人は忍びだ。 私はどうしたって、あの禿げた天辺にいくことはできやしない。 吐き出す息に願望を織り交ぜて、少しだけ天辺を眺めて、いつも夕餉の仕度に戻るのだ。 それが日課だった。


今日、私は洗濯物を入れる籠を抱えていた。 いつものように禿げた天辺を見上げてみると、やはりその人はそこに居た。 立っていたり、しゃがみこんでいたり、その時によってその人は色々だったけれど、今日はしゃがみこんで、姿勢を低くしていた。 どれだけ目を細めても、その場所に居るその人の表情はいつもよく見えない。

ああ、だけど今日は西日が弱い。 試しに目を細めて見たけれど、やはり見えることはなくて、ただ、その視線がどちらに向いているのかが顔の向きで少し分かった程度だ。 駄目か、と息を吐きだして籠を抱え直した。 さあ、仕事に戻ろう。 いつまでもこうしていられないのだと、気合を入れて前を向いたら、ざっと。夕日が目の前に現れた。

「いつも俺のこと見てるよね」

夕日をもっと、ずっと優しくしたような色の髪を連れて、その人は私の前に立っていた。 禿げた天辺を見ると、勿論だけど、もういない。 ゆっくり振り返ると、優しい色が揺れた。

「名前は」
、と、申し、ます」
「ははっ、いいよ。俺は旦那じゃないんだ。そんな肩凝る言葉遣いなんてする必要ないない」

肩を前後に揺らして笑う姿は何だか幼く見せる。 分かった? と言うその人に、私は静かに頷いた。

「ね、俺の何を見てたの?」

ゆらゆら身体を揺らす姿も、また幼い。 果たして私は毎日、何を見ていたのだろう。 問われて初めて、何、を見ていた訳でもなかったことに気づいた。 勿論、この人のことを見ていた。それからあの禿げた天辺の木の枝と、その後ろの空の色や、時々過ぎて行く鳥を。 何を、見ていた、よりも。何を、思って、見ていたかの方が、私にはしっくりきた。 毎日飽きもせず熱心に眺めたのは、私が沢山、その光景に思うところがあったからだ。

「何を、みてるんだろうって」

私には見ることのできないあの場所から、何を、どんな表情で、毎日飽きもせず見ていたのか。 どうしてその場所じゃないといけないのか。 私はずっと、きっと、聞いてみたかったんだと気づいた。

「何を見てたか、ねぇ〜……」

今度は空を目を細めて見つめている。 同じように頭を持ち上げて視線を送れば、烏が飛んでいる。 ぼうっと、ゆっくりそれが見えなくなるまで見送っていると、ふわり。 腰とひざの裏に温かさを感じて、同時にまるで走っている時のように空気を切っているのを感じて籠をぎゅうっと抱えこんだ。

さん、そんな目閉じなくたって、落としたりしないよ」

髪と同じ優しい声に、籠をもっと強く抱きしめて、そうっと目を開く。 薄く開いただけで見えた光景に、思わず身体がびくりと跳ねた。 すぐ近くで、笑う声が聞こえる。 ゆっくり、ゆっくり息を吐きながら目を開けば、そこからは城下が見えた。 人が動いているのも、何となくだが分かる。

「お、今日は閉めるの早いな」

すぐ傍でそういう声が聞こえて、目を細めて城下を眺めた。 けれど何処のお店が閉めているのかなんて分からなくて、聞いてみようかと思ったけれどやめた。 見えないだろうし、きっとさっきの言葉はいつもと同じ、彼が一人でいる時の独り言だったのだ。 彼の大切であろうこの時間を邪魔するのは、とても野暮に感じて、口を閉じた。

私がいつも見上げていた禿げた天辺で。いつも見上げていたあの人と、同じ景色を見ている。< それは何だかとても不思議な感覚で、ほう、と息が漏れた。 望んでいた場所にやっとこれたこと。 あの人が見ていた景色が見れたこと。 何だか少しだけ聞きたかったことの答えが分かった気がして、嬉しくて笑顔になって。 顔が触れないように緊張しながら首を動かして、あの人を見上げた。

胸が、痛くなった。

驚くぐらい愛おしげに微笑んだその顔は、きっと命を懸けて守っているからこそできるもので。 城下を誇らしげに、愛おしげに眺めるその横顔に、私は籠を抱きしめて、洗濯物に顔を埋めた。

私は明日も変わらず庭から、この禿げた天辺にいるこの人を見上げよう。 明後日も明明後日も、雨でも風が強くとも。 愛おしげに城下を眺めるこの人を、私も同じような思いを抱いて、そっと眺めるのだ。








 ♥ 彼の愛した群像 | 夏梅 | 20090907 |  忍びだけど、人間くさい佐助が好き