ぐる ぐる ぐる ぐる
腕を地面に垂直に真っ直ぐ伸ばして、空を見上げて、足を絶え間なく動かした。
足が動くたびに、世界が周る。私の目が回る。
足が疲れたので止めると、ふらふら〜と足がもつれた。
「わっとっと」
へんてこな悲鳴がもれて、足が動くままに抵抗することもできなかった。
私の目は世界と一緒にぐるぐるふらふらしていて。
今このかくかく動く足が何処に向かおうとしているか、周りに何があるかなんてわからないのだ。
だから今足元に水溜りがあったら勢いよく突っ込んで足を濡らすだろうし、田んぼがあれば足を突っ込むだけじゃ飽き足らず身体ごとずべしゃーっと泥と仲良しになるだろう。もしそうなれば、その泥の冷たさでようやく世界は落ち着く。
が、私が今居るのは立派な庭であって、あるのはせいぜい池ぐらいのものだ。
しかも回る前にざあっと見た感じでは、池なんて見当たらなかった。
ふらふらと足にそれ以外を任せて進んでいると、やっと何かに突っ込むことができた。
けれどそれはどうやら水溜りでもなく田んぼでもないらしく背中には温かな温もり、目を開くとさっきまで見上げていた真っ青な空が広がっていてどうやら転んだらしい。
ほうっと息が漏れるぐらい綺麗な空に、きれー! と腕を突き出してにっこり微笑むと私の下から、ううっと籠った声が聞こえた。
「ふかふかする」
「ふかふかするじゃない! 降りろ!」
素直な感想を述べてみると、すぐに籠った声のままで突っ込みがいれられた。
それは水溜りでも泥でも勿論動物でもなく、人の声と言葉で、驚いた。
「人!」
「今頃かよ!」
少し大きく吐き出されたその声と同時に視界が青空ではなくなった。
ぎゃ! と私が声を上げてその人の上から完全にいなくなると、その人は立ちあがって服を払い始めた。
人の上に乗ってのんびりしやがって何がきれーだふざけんなだいたいなんでぐるぐる空見たままで回ってんだよぐるぐる回ったら目が回るなんてことちょっと考えれば誰でも分かるだろしかもそれを途中でやめるなんて転ぶに決まってんだろ! と一息で言い切ると、ぶすっと唇を尖らせている。
よく噛まないなぁ、とにこにこしながら見ているとぶすっとしたままで手の平を、ん! と差し出してきた。
にっこり笑ってその手をとると、引っ張るようにして私を地面から引き離してくれた。
「ありがとー」
「のんびりしやがって」
「かりかりしやがって」
しやがってー、ともう一度真似すると左右の眉毛がくっつくんじゃないかと思うぐらいにぐぐぐっと近づいた。
私が突っ込んだのは、水でも泥でも池でもなく、この大変な眉毛になっている男の子だった。
私と同じぐらいで、背も手の平の大きさも変わらない。
ただよく動く口は私には真似できないもので、ここは大きく違う。
「お前、どうして此処にいる」
「父様ときたよ」
「そうじゃない! 俺は、どうして、と訊いてるんだ」
「えーそんなの知らない。父様が行くぞっていうから一緒にきただけだもの」
それでね、父様がそこの部屋で待ってろって言ったんだけど、待っても待っても父様戻ってこなくって。
暇だよーつまんないよーって思ってたらお庭が見えるでしょう?
それで、庭に降りたら引っかかっちゃって一瞬ぐるぐるっての世界が回ったの!
だからね、このまま回ったらぐるぐるして楽しいかなって思って回ってみてたの!
自分の知っていて恐らくこの男の子は知らないだろうなぁ、ということを教えると男の子の左右の眉毛の仲良しになる。
真似してみようかと眉毛に力を入れようとしても、どうもうまくできない。
む、と声を漏らすと男の子がそれを掻き消すようにして、おい! と声をあげた。
おい? と首をかしげていると、もう一度今度は私を真っ直ぐ見てもう一度同じようにおい! と叫んだ。
「もしかして呼ばれてる?」
「二度もな」
「でもはでおいじゃない」
「……」
「はだよ」
「おい」
「!」
「いや、そうじゃなくて、今のは呼んだんじゃない」
「あらら。間違えちゃった」
ごめんね、と笑えば男の子は大きな息を吐きだした。
父様が母様に怒られたあとに吐き出す息と良く似ていて、ああもしかしてこの男の子は何かに疲れているのかな、と思った。
いつも父様にそうするように左肩をぽんぽん二回叩いてあげると、男の子が一瞬目を見開いて、それからおい、ともう一度小さく呟いた。
「呼んでる?」
「」
「あ、呼んでた!」
呼んでくれたことが嬉しくて、なあにと笑いながら肩を何度も叩いた。
するとまた左右の眉毛が仲良くなりそうで、覗き込んでじいっと見ているとすぐにそれは離れてしまった。
あーと声を漏らすと、訳が分からないと小さく男の子が呟いたので何が? と言ったらもういい、と何故か諦められてしまった。
「どうして諦めるのー」
「何か面倒くさい」
「え! 私父様にも母様にも手のかからない良い子って言われて育ってきたのに!」
「大人からみたらな! でも俺はおま」
「」
「と、そんな変わんないんだから、面倒なんだよ!」
「あれ、今何かの名前呼ぶの省かなかった?」
「キノセイだろ」
「きのせーじゃない呼んでない!」
「メンドクセーーー!!」
面倒くさくないメンドクセー! と庭に声が響いた。
響いていることに気付いてか、男の子が最初に声を小さくしたから私も小さな声でめんどくさくないもん、と言いながら同じように小さくメンドクセーと言い続けている男の子を見ていると、後ろから! と呼ぶ声が聞こえた。
父様! と叫んで振りかえると、父様の隣には見たことのない男の人と女の人が目をまん丸にしてこっちを見ていて、私も同じように目をまん丸にした。
するとメンドクセーが止まって、今度は男の子が父上母上、と呟いた。
「の父様の隣の人?」
「そうだ。俺の両親だ」
「へえー初めてみた」
「そりゃそうだろ! おま」
「!」
「と、俺もさっき会ったばかりなのに先に両親しってたらそっちの方が」
「だってば! やっぱり省いた!」
父様も貴方のご両親も聞いてるんだから絶対! とどしどし地面を踏みつけながら言えば、男の子が大きな声でメンドクセー! と叫んだ。
「やっぱメンドクセーよ!」
「面倒くさくないもん!」
「メンドクセーよ!」
「面倒くさくないもんー!」
「!」
「梵天丸!」
顔を突き合わせて叫びあっていて気付かなかったけれど、父様と男の子の父上がすぐ傍に来ていて、私と男の子を引き離した。
男の子が父上と話しているのを聞いていると、父様が私をいつもよりも少しせっかちに呼んだ。
部屋にいなかったことを言われるんだろうな、という予想は当たって、、の次に出て来たのは部屋という言葉だった。
「部屋にいなさいと言っただろう」
「は良い子で待っていましたよ。でもあまりに暇でしょうがなかったのです」
「だからって」
「ねえ、それより貴方!」
父様の腕から身を乗り出して声をかけると、男の子は父上を見るのをやめて私を見て頷いた。
後ろから、母様と話したあとに父様が吐き出す息が、いつもよりも大きな音を立てて漏れたのが聞こえたけれど、いつものように肩は叩いてあげずにまっすぐ男の子を見た。
「貴方じゃない、梵天丸だ」
「うん、貴方は梵天丸って名前なのって聞こうとしたの!」
貴方って呼びにくいねーと言えば、どこがだよ、と梵天丸はまた眉を寄せた。
それに呼び慣れないのよね、と言えば梵天丸がふうん、と興味なさそうに返事をした。
私に回っている父様の腕と同じように、梵天丸にも腕がまわっていて。それをゆっくり目で追っていくと、梵天丸の父上と目が合った。
「こんにちは」
「こんにちは」
「今日は空が綺麗ですね」
「そうだね、とても綺麗だ」
穏やかな笑みを向けてきた父上に、私もにっこり笑って見せた。
私の笑顔を見てか、もっと素敵な笑顔を浮かべた父上が、父様の名前を呼んだ。
頑張って父様を見上げていると、いつの間にか解放されたらしい梵天丸がすぐ傍にいて、変な顔だなと鼻で笑う。
むうっと頬を膨らませると、それを両手で潰されて不様に息が漏れた。
「こら、梵天丸。許婚には優しくするものだよ」
父上が私の頭を優しく撫でながら言うと、父様がこんな娘で申し訳ない、といつもよりもしおしおした声で言った。
見上げてみると顔もしおしおーっとしていた。
「は!? 許婚!? がですか!?」
「梵天丸うるさいよー」
すぐ傍で梵天丸が大きな声で叫んで、耳が痛くなった。
両耳に両手をあててそういうと、腕を両手で掴んであっという間に私の手は耳から離れた。
「さっきまでののがうるさかった」
「梵天丸の方がうるさかったもん」
「キノセイだろ」
「キノセーじゃないよ!」
頬を膨らませると、すぐに両手で潰されて、また空気をいれて戻すが、それもまた潰されてしまった。
面白くない、と唇を付きだすと梵天丸は今度は何もしてこなくて、代わりに父上が私と梵天丸の頭をぐりぐりと撫でた。
「良い夫婦になりそうではないか」
「もう少し淑やかになるように気をつけます。暇だからと出歩くなど……偶然にも見つけてくださったのが梵天丸様で助かりました」
「偶然と必然は紙一重。この二人は必然ではなく偶然で出会うのを選んだようだが。まあ、仲が良くて安心した」
「……けれど本当に、もう少し淑やかになってもらわなければ困ります。梵天丸様と言い合うなど」
「なに、言い合いぐらいできる仲の方が良い。それぐらいでないと梵天丸の相手はできんさ」
仲良くな、と首が一緒に回るぐらいにいっぱいに撫でられて、うえ、うえ、とへんてこな悲鳴が漏れた。
また、少しだけ回り始めた世界に、ぐらぐらしていると梵天丸がまた父様と同じ息を吐き出して、また何かを諦めていた。
梵天丸の肩をぽんぽん叩くと、また左右の眉毛を仲良しにさせた梵天丸と目があう。
にへ、と笑うと益々それが仲良くなって、口からは不機嫌そうな声が漏れた。
「何だよ」
「仲良くしようね!」
「何で俺がおま」
「だよー」
「……」
「梵天丸の父上の言うとおり、梵天丸の眉毛みたく、仲良くしようね!」
にへ、と笑うと別に膨らませてもいないのに、何故か頬をむにゅっと潰された。
驚いて目を見開いていると、べえっと下を突き出して、梵天丸が叫んだ。
「お前がそのメンドーなの直さないと、絶対夫婦になんかならないからな!」
目をまん丸にして、父様と父上を見上げると、父様はまた息を吐き出してしおしおしていたし、父上はがっはっはまゆげかこれはいい! と豪快に笑っていた。
父上の声を真似してがっはっはと笑ってみたら楽しい気持ちになれたのであまり笑ってくれない梵天丸に、今度教えてあげようと思った。
その代わり、眉毛を仲良くさせる方法を教えてもらおう。
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偶
然
は
必
然
で
突
然
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